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名古屋高等裁判所 昭和30年(う)474号 判決 1955年11月15日

控訴人 被告人 谷口恭一

弁護人 柘植欧外

検察官 小宮益太郎

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は被告人及び弁護人柘植欧外提出の各控訴趣意書記載の通りであるから之等を茲に引用する。

弁護人の控訴趣意第一点について。

原審検事は昭和三十年二月二十二日付起訴状により被告人は(中略)共謀の上同年二月十日松阪市京町四九番地谷口あきゑの居宅並びにその隣家の谷口増吉方で二ccアンプル入覚せい剤注射液九百七十二本を所持していた旨の訴因に対し、覚せい剤取締法第十四条第一項第四十一条第二号を適用すべきものとして起訴し、次いで昭和三十年四月五日付起訴状により被告人は(中略)共謀の上常習として(第一)同年一月七日頃から同年二月二日頃迄の間接続して前後約七回に亘り大阪市東成区大今里町南之町二の二九七番地新井こと高斗善方その他で同人から二cc、四ccアンプル入覚せい剤注射液を取混ぜ合計約二千四百五十本を一本につき代金二cc入は七円五十銭、四cc入は十五円の割で譲受け、(第二)同年一月七日頃から同年二月十日頃迄の間接続して前後約百八十五回に亘り松阪市京町四九番地の居宅で清水稔こと松永稔外十八名に対し二cc、四ccアンプル入覚せい剤注射液を取混ぜ合計約千三百八十二本を一本につき代金二cc入は二十五円、四cc入は五十円の割で販売譲渡した旨の訴因に対し、覚せい剤取締法第十七条第三項第四十一条第一項第四号第四項を適用すべきものとして起訴し、原審は右第一次第二次起訴の各公訴事実とするところを併合審判したものであり、其の間何等訴因罰条の追加変更等の手続を経由しないで、右第一次第二次の公訴事実を包括して常習の覚せい剤取締法違反の一罪と認定し(原判決第一事実中昭和二十九年二月十日とあるは昭和三十年二月十日の誤記と認める)之に対し覚せい剤取締法第十四条第一項第十七条第三項第四十一条第一項第二号、第四号第四項を適用して被告人を処断したことは記録上明らかである。そこで原審は前示の如く検察官が第一次の公訴事実を非常習として起訴したのに対し、何等訴因罰条の追加変更等の手続を経ないで第二次の常習の公訴事実と共に包括して重き常習の一罪と認定したことの当否につき案ずるに、斯くの如き起訴の形式の下に原判決認定の如き判決がなされるには予め刑事訴訟法第三百十二条により第一次起訴の訴因を第二次起訴の事実を附加した包括的常習の一罪と変更すること及び第二次の起訴に対し同法第三百三十八条の公訴棄却の裁判を為すことも考えられるが、本件は当初から原審において右第一次第二次の起訴にかかる公訴事実を併合して審理したものであり、第一次の非常習の訴因をその儘常習に事実認定したものでなく(非常習の訴因を常習と認定するについては訴因変更の手続を要することは論をまたない)、第一次の非常習の訴因を第二次の常習の訴因に附加して審理した上包括して常習の一罪と認定したものであるから、その間被告人の防禦に何等不利益を生じたことも又生ずべき虞のあつたこともなく、而も検察官が二個の事件として二回に亘り公訴を提起したときは、仮令裁判所が審理の結果一個の事件と認定したとしても、起訴の際は夫々適法な手続であつたのであり、且つ各起訴後の原審の併合審判の経過に鑑みれば一個の公訴事実につき二個の有罪判決を生ずべき危険は全然あり得なかつたものである(原審の審理に際し被告人の側から如上の危険につき異議その他如何なる形式においても主張されたこともない)。従つて原審が前記の如き訴因変更又は公訴棄却の方法に出なかつたころに非難すべき点なく、又原審が所論の如く公訴提起なき事実乃至審判の請求を受けない事件につき判決をしたことにならないことも当然であり、この点に関する論旨は理由なく採用できない。

同第二点について。

原判決が証拠として挙示する供述調書及びその他の書面につき刑事訴訟法第三百二十六条の同意を得ていないことは所論の通りである。然しながら原審第二回(昭和三十年四月十三日)公判調書によれば原審は本件を簡易公判手続により審判したことは明らかであり。而して同法第三百二十条第二項によれば簡易公判手続によつて審判する旨の決定をした事件の証拠については同条第一項の規定の適用を排除してるから、書面を証拠とするにつき同意の有無を取調べる必要がないことは明らかであり従つて論旨は理由がない。

同第三点及び被告人の控訴趣意(量刑不当)について。

本件記録によれば本件犯罪は被告人がその実母に該る原審相被告人谷口あきゑを勧誘し同人と共謀の上、同人をして原判示の如く覚せい剤を販売させたものであること、被告人は右覚せい剤を直接製造元から仕入れたことを認めることができ、この事実と犯罪の回数、取扱つた覚せい剤の数量その他諸般の事情を考察すれば動機や家庭の事情につき幾多同情すべき点があるけれども、原判決の量刑は相当であつて、加重のものではなく、又谷口あきゑとの刑の均衡を破るものでもなく、論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却し、尚訴訟費用の負担につき同法第百八十一条第一項本文を適用し、

主文の通り判決する。

(裁判長判事 高城運七 判事 柳沢節夫 判事 赤間鎮雄)

弁護人柘植欧外の控訴趣意

第一点原判決には公訴の提起を受けない事実について判決した違法があり、破毀を免れないと信ずる。即ち、原判決判示第一の事実については、公訴は常習犯に非ざる覚せい剤取締法第四十一条第一項第二号違反として提起されているのに、原判決がこれを常習犯と認定し同条第四項違反としているのは、構成要件と法定刑において加重される事実を認定したものであつて、まさに公訴の提起を受けていない事実を認定したものに他ならず、少くとも訴因罰条の変更なくしてこの様な認定は許さるべくもないものである。

第二点原判決には証拠能力のない証拠を以て事実を認定した違法があり、破毀を免れないと信ずる。即ち、公判調書には刑事訴訟法第三百二十六条の同意があつたときはその旨の記載を必要とし、その記載のないときはその同意がなかつたものと認めざるを得ない。然るに、本件公判調書(証拠関係カード)によれば同意の有無につき何等の記載がなく、従つて、本件において提出された凡ての証拠につき被告人又はその弁護人の同意は全くなかつたものと云わざるを得ない。果して然らば、被告人以外の者の供述調書についてはこれらが刑事訴訟法第三百二十一条第一項各号の要件を満すとも認められない以上凡て証拠能力のないものとなり、これを以て事実認定の用に供した原判決はそれ自体違法であるのみならず、被告人以外の者の供述調書が証拠能力のないものとすれば少くとも判示第二、第三の事実については被告人の自白以外に証拠がないにも拘らず被告人を有罪とした違法あることにも帰着する。

第三点原判決は量刑不当であつて破毀を免れないと信ずる。即ち、覚せい剤注射液の不法所持、譲受及び譲渡の常習犯罪事実を認定した上被告人を懲役一年及び罰金一万円に処している。なる程被告人の犯行はその回数及び扱数量において少しとはしないが、(一) 本件犯行は僅に一ケ月間に亘る短期間のものであつて、常習性の認定自体些か疑問なきを得ないこと。(二) 被告人は本件犯行を凡て自白し、改悛の情顕著なること。(三) 犯行の動機につき考えるに、その遠因はその実母である相被告人と父親とが不縁となつた後、父親が後妻を貰つたため家庭がうまく行かず、被告人及びその妹二人が実母方に身を寄せていたという逆境のうちに被告人が育つたこと及びそのため被告人の生活が容易でなかつたことにあり、その近因は被告人が住所の松阪市から大阪に毎日通勤していたので通勤に時間と費用を要して収入の実をあげることができずやむを得ず本件犯行を重ねるに至つたものである。その情において憐憫すべきものがあること。(四) 本件覚せい剤の販売先が殆ど常用者に対してあること。(五) 被告人は昭和九年生の若輩の身であり、実母たる相被告人が被告人を監督すべき立場にあつたのに相被告人には懲役六月及び罰金三万円に処し且つ懲役刑については執行を猶予していること。(六) 被告人は肺浸潤を病む病弱の身であつて(記録末尾添付診断書)懲役刑の執行に耐えないこと。等を考慮すれば、原判決が被告人に対し前記の如き実刑を課したのは量刑過重であり、原判決破毀の上被告人に対し執行猶予の恩典を賜りたい。

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